京都発:マンガ・アニメ、映画・映像、ゲーム、クロスメディア、メタバースのポータルメディア

アニメーション映画監督:片渕須直様が語る「すでに存在しない千年前の京都を舞台にした映画を作る」。第1回コンテンツクロスメディアセミナー開催報告

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

KYOTO CMEXの公式イベント:「コンテンツクロスメディアセミナー」。2023年度の第1回目のセミナーを、2023年9月15日(金)にハイアットリージェンシー京都にて開催しました。講師にお迎えしたのは、アニメーション映画監督の片渕須直氏です。

片渕監督は現在、清少納言の『枕草子』をもとに、疫病の中に生きる千年前の京都の人々を描くアニメーション映画『つるばみ色のなぎ子たち』を制作中です。今回のセミナーでは「すでに存在しない千年前の京都を舞台にした映画を作る」というテーマでご講演いただきました。過去作品『マイマイ新子と千年の魔法』や『この世界の片隅に』『この世界のさらにいくつもの片隅に』で、監督は作品の舞台となった山口県や広島県をリアルに描き出しています。

特に戦時中の広島県呉市を舞台にした『この世界の片隅に』『この世界のさらにいくつもの片隅に』では、町の建物のひとつひとつについて実在したものを再現しています。

あまりにも再現度が高いため、当時を知る地元の人からは「まるでタイムスリップしたようだ」との感想も寄せられたそうです。一方、現在制作中の『つるばみ色のなぎ子たち』では、清少納言が書いた随筆『枕草子』をベースに平安時代の京都が描かれます。千年前の京都はどのような町だったか、人々がどのような衣装を着てどのような暮らしをしていたかを知る手がかりは多くなく、監督いわく「チャレンジ」な試みです。

そこで監督はまず、「清少納言は視覚に優れた人であり、『枕草子』の文章は彼女が見たものを記録した、一種のアルバムのような随筆である」と仮定し、その記述を丁寧に調べることから始めました。

その一例として片渕監督が挙げたのが『枕草子』の有名な一節「春はあけぼの」でした。この文章で清少納言は、春の夜明けに山際がゆっくり明るくなっていく様子や、秋に山の端に落ちている様子を描いています。ではこの「山」とは具体的にはどこでしょうか。監督は『枕草子』やそのほかの資料を参考に、清少納言がどのあたりから春のあけぼのや秋の夕暮れを見たかを特定し、そこで清少納言は『枕草子』を書いたと結論づけたそうです。

これらの説明をしながら、片渕監督は会場前方のモニターに監督自身を含めたスタッフたちが考証し作成した資料を次々と写していきました。清少納言が過ごした内裏の見取り図や、平安時代のある時期に限定した住宅地図、中には屋敷の敷地内の高低差まで再現した資料もあります。京都市の発掘報告書なども参考にして当時を再現しようとした資料は、監督いわく「学術レベルで通用する」ようなレベルです。セミナー参加者は興味深そうに資料に見入っていました。

片渕監督はさらにメイキング動画もいくつか紹介しました。平安時代は華やかに思われがちではあるものの、実際はさまざまな疫病が蔓延し多くの人が亡くなった時代でもあります。疫病の原因になった蚊のボウフラを自分たちで飼育してその様子を観察したり、当時の喪服の色であったつるばみ色を実際に染めたりなど、メイキング動画にはスタッフの方々の試行錯誤が記録されています。松明、調度品、十二単の衣装やそれを身にまとっての立ち居振る舞いなども実際に自分たちで作ったり、着て動いたりしている様子も紹介されていて、ここまで細かく再現・考証しているのかと参加者は驚いていました。

見せていただいた資料はまだまだあります。清少納言と同じ時代のたくさんの人々がいつどのような理由で亡くなったかをまとめた表、牛車の内部構造の紹介、平安京の道のあちこちにボウフラがわく水たまりがある理由、疫病にかかった人の末路など、非常に見応え、聞き応えがあるお話を監督は次々と紹介、説明していきました。

アニメーション映画を作るのには想像力が必要であると思われがちです。しかし片渕監督は細かな調査・考証を重ね、できるだけ想像力に頼らず当時の様子を再現しようとしています。想像力に頼ると、作り手の頭の中にあるものでしか作品は作れません。しかし、本当にあったに違いないものを調べ考証して作っていけば、作り手自身も知らなかったところまで作品の世界を広げることができる。そして、遠く隔たった時代の人々と、現代の私たちの間が地続きになってゆく。まさにタイムマシンでその時代に行って、そこに住む人々と知り合いになったように。これが、監督の考え方だそうです。

リアリティの例として、片渕監督は代表作のひとつ『この世界の片隅に』の話を紹介されました。『この世界の片隅に』はフィクションであり、主人公の「すずさん」は架空の人です。しかし、戦時中の呉市で実際に暮らした人の中には、物語の舞台のリアルさにすずさんは実在の人だと考え「すずさんは何丁目のどこに住んでいたんですか?」と監督に尋ねる人もいたそうです。また、映画を見終わって劇場から出たときに、今自分が戦時中の呉市ではなく現代の都会にいることに驚いたという感想も寄せられたとのこと。

調査と考証を重ね、物語の舞台がリアルに描き出せれば、観客はもちろん作り手も、タイムマシンに乗ってその時代に行くような体験ができると監督は考えています。そして「口はばったいですが」と前置きした上で「今度は映画館から出たときに、今自分がいるのは千年前の京都でないことにびっくりしてほしい」と『つるばみ色のなぎ子たち』に対する抱負を語りました。なお、このような細かな考証を繰り返しているため、映画の具体的な完成時期については片渕監督にも答えるのが難しいそうです。

『マイマイ新子と千年の魔法』を作ったときに、監督は弟さんから「50歳を過ぎたら観るべきアニメーション映画がないと思っていたが、兄が見るべき作品を作ってくれた」と言われたそうです。想像で作るアニメーション映画は、想像力が豊かな子どもが観客である場合に大きな威力を発揮すると監督は考えています。大人になると想像を上回る現実に何度も直面するので、現実についても真剣に描く必要がある、と。「そういう意味では、私が作ってきた映画は子ども向けというよりは大人向けなのでしょう」と、監督は自身の作品を振り返りました。

また、片渕監督は、作品作りを通してスタッフを一から育てることも行っているそうです。アニメーターについては近年、報酬が少ない、安定した雇用を得にくいなどの問題が指摘されています。しかし片渕監督はアニメーション映画作りのために、アニメーターの養成環境を整え、専業の優秀なスタッフを育てるところから始めてもいます。「ものづくりの場所を作りあげていくことから行っていますので、これからもアニメーションが、映画界がどのように変わっていくかを期待してご覧していただけるとありがたいです」。片渕監督はこのような言葉で講演を締めくくりました。

講演後は、参加者との質疑応答の時間が約30分程度取られました。一般の人が平安時代に対して持つ「華やかな時代」というイメージと作中で描かれる多くの人が疫病で亡くなる暗い平安時代のギャップをどう埋めるか、資料や情報をどのように集め整理しているのかなど、会場からは活発な質問が多く出され、監督はひとつひとつの質問に丁寧に答えられました。

片渕監督並びにご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。

なお、講演中に紹介されたメイキング動画や『つるばみ色のなぎ子たち』のパイロットフイルムが、アニメーション制作スタジオ「コントレール」のYouTube公式チャンネルにて一般公開されています。ぜひ、レポートと合わせてご覧ください。

YouTube公式チャンネルへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

KYOTO CMEXKYOTO CMEX実行委員会

投稿者プロフィール

京都シーメックスの公式イベントだけでなく、京都発のマンガ・アニメ、映画・映像、ゲーム、クロスメディアに関連する情報を発信してまいります。

この著者の最新の記事

「KYOTO CMEX」ポータルサイトでは、マンガ・アニメ、映画・映像、ゲーム、クロスメディアの情報を発信する京都発のポータルメディアです。SNSをフォローして掲載情報をチェック!(情報募集

ピックアップ記事

平安貴族は〇〇を見せない?若者の服は〇色!?「光る君へ」マンガ「あさきゆめみし」が100倍面白くなる!京都文化博物館【紫式部と『源氏物語』】学芸員さんに話を聞いてきたパート2

500年以上前の「源氏物語(写し)」が【京都文化博物館】で見られる!!「光る君へ」マンガ「あさきゆめみし」が100倍面白くなる【紫式部と『源氏物語』】学芸員さんに話を聞いてきたパート1

映画プロデューサー:齋藤優一郎様が語る「アニメーション映画が切り拓いてきたこと、そしてこれからの未来」とは? 第2回コンテンツクロスメディアセミナー開催報告

【京まふ2023】 現地レポート『地下鉄に乗るっ』10周年スペシャルトーク&LIVE

【京まふ2023】“京まふおこしやす大使“伊東健人さん&高橋李依さんへの特別インタビュー!!

【京まふ2023】京都国際マンガミュージアムへ!

作曲家・桶狭間ありさ氏 京伴祭インタビュー(京まふ2023連携企画)

【京まふ2023】古都コス出演者に突撃インタビュー!

【京まふ2023】「カノジョも彼女 Season 2」京まふステージ開催!上映PVでは古賀葵演じるミリカの妹がボイス初解禁に

【京まふ2023】TVアニメ「有頂天家族」10周年スペシャルステージ開催!弁天役の能登麻美子が第3期を熱望

【京まふ2023】キャラクターたちがお酒に!?白糸酒造のグッズを見に行ってみた〜〜!!

【京まふ2023】いざ行かん!雪ミク スカイタウン!

「完全に原作再現」「公式直々なのがビビる」京まふ2023でのシャングリラ・フロンティア(シャンフロ)のあるツイートからの流れが最高すぎると話題に

【京まふ2023】京都伝統工芸大学校・京都美術工芸大学さんの作品に触れてみた

【京まふ2023】初出展の京都ハンナリーズ

全て表示

2024年度の人気記事

【マンガ・アニメ分野】「ブルーアーカイブ (ブルアカ)」地域周遊型イベント「ブルーアーカイブ ~げにうららか☆京都満喫春の旅!~」開催!(2024年4月16日より順次開催)

【クリエイター支援情報】「京都から日本を見る、世界を広げる」新たな繋がり・機会を生む場となるサロン『Desalon Kyoto』

【アニメ分野公式イベント】期間限定コラボ企画!TVアニメ「有頂天家族」×伝統産業「京友禅」のスマートフォン拭き販売中!(12月26日まで)

【京都国際マンガミュージアム】期間限定!人気テレビ番組「マンガ沼」放送を記念した川島明(麒麟)と山内健司(かまいたち)のオススメマンガ作品紹介コーナー設置中!!(3月17日~5月7日)

【アニメ・映画分野公式イベント】全国巡回ポップアップストア『名探偵コナンプラザ 2024』京都ロフトで開催中!(5月6日まで)

【京都コンテンツ関連情報】200万枚の桜吹雪が歴史ある時代劇セットの最後を飾る!東映太秦映画村にて「夜桜花吹雪」開催(4月7日 20:45~)

【京都コンテンツ関連情報】数多くの桜が咲き誇る境内をめぐる!「醍醐の花見」で有名な世界文化遺産「醍醐寺」で特別法要・拝観が開催中!

【映画分野公式イベント】映画が800円で見れる!?新入生限定サービス「初めてのアップリンク」開催中!(開催期間:~4月30日)アップリンクってどんなとこ?取材記事も紹介!

【クリエイター支援情報】2024年5月開催の「カンヌ国際映画祭併設マーケットMarche du Film」での新進映画プロデューサーおよびIP企画参加募集中!(応募〆切:4月15日正午12時まで)

【クロスメディア分野公式イベント】4月6日(土) コスプレイベント『COSJOY』が京都国際マンガミュージアムにて開催!!モダン・レトロな雰囲気でコスプレを楽しもう!

【京都国際マンガミュージアム】マンガの魅力や奥深さに迫る!?開館17年目にして初の公式ガイドブック刊行!

【クリエイター支援情報】歴史的建造物、近現代建築の空間に展開する写真コレクション!「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」前売チケット発売中!(〆切4月12日)

【クリエイター支援情報】2024/5月開催の「プチョン国際ファンタスティック映画祭」でのプロデューサー養成プログラムおよび現地滞在レジデンスプログラム参加募集中!(応募〆切:4月30日まで) 

【京都コンテンツ関連情報】東映太秦映画村にて次世代小型モビリティ「&brella」の運転体験が出来るアトラクション開催!親善大使として女優/丸りおなさん来村!(4月18日~21日)

【京都国際マンガミュージアム】昔なつかしの紙芝居を今に伝える紙芝居パフォーマンス「えむえむ紙芝居」4月実演者スケジュール公開!

【アニメ・映画分野公式イベント】スイーツデザインのかわいい新商品が先行販売!「ポケピース」のポップアップストアが京都ロフトで開催!(4月23日~5月6日)

【映画分野公式イベント】学生が力を合わせて盛り上げる!第27回京都国際学生映画祭実行委員会 実行委員募集中!

【京都コンテンツ関連情報】「三國幽眠(みくにゆうみん)—勤王漢学者と京都」展関連講演会 「三國幽眠と興正寺・本寂上人について」参加者募集中!(5月25日)

【クロスメディア分野公式イベント】野外撮影OK!4月28日(日) コスプレイベント『COSJOY』が京都 舞鶴赤レンガパークにて開催!!

【京都コンテンツ関連情報】東映太秦映画村にて鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 × 東映太秦映画村コラボ開催決定!(4月20日~6月30日)

全て表示

人気記事ランキング

ついに鶴丸がやってくる!聖地・藤森神社での太刀「鶴丸」(写し)の奉納・展示がまもなくスタート!

10月6日までイベント開催中!【鬼滅の刃 京ノ御仕事】東映太秦映画村でのコラボをご紹介!

京都通になれる!?TVアニメ『京都寺町三条のホームズ』聖地巡礼

「孤独のグルメ」原作者:久住昌之氏、「FFシリーズ」生みの親:坂口博信氏が登壇するセミナー、京都で開催!【10/16・30、参加費無料】

寺町三条のホームズ原作者、望月麻衣先生独占インタビュー&聖地巡礼!

京都通になれる!?TVアニメ『京都寺町三条のホームズ』聖地巡礼 その2

アニメ『有頂天家族』の聖地としても有名な京都の下鴨神社でみたらし祭開催中【07/30まで!】

巡ってわかる、心の距離。TVアニメ『月がきれい』聖地巡礼~前編~

【映画・歴史好き必見】東映太秦映画村の魅力をどどんとご紹介!新選組隊士の殺陣や実写映画『銀魂』等様々なロケが行われているオープンセット、仮面ライダー立像の撮影も可能!

今年は真選組が主役!? 実写版ロケ地の映画村で銀魂イベント再び!京都ブルルン滞在記パートⅡの全貌が明らかに!!

有頂天家族「京巡りスタンプラリー」を一日で巡ってきた!

巡ってわかる、心の距離。TVアニメ『月がきれい』聖地巡礼~後編~

KYOTO CMEX オリジナル「間違い探し」第1弾『ビットサミット』(「BitSummit 7 Spirits」チケットプレゼント!)

【申込開始!】KYOTO CMEX 2018 10周年記念事業:角川歴彦氏と荒俣宏氏による講演&対談を京都で開催!【9/14(金)・無料】

京都通になれる!?TVアニメ『京都寺町三条のホームズ』聖地巡礼 その3

【公式イベント】インディーゲームの祭典10周年となる「BitSummit X-Roads / ビットサミット クロスロード」京都みやこめっせで有観客にて開催決定!

【本日よりチケット販売開始!】大人気の「京まふ」抽選制ステージに応募し忘れて泣かないための全7ステップ

京都市ボランティア・エキストラ登録制度のご案内

『ギークハウス京都東福寺』の管理人を直撃 ギークハウスってどういう人が入居してるの?

【コンテンツクロスメディアセミナー申込み開始!】豪華な講師が勢揃い!~第1回:亜樹直氏、第2回:堀井雄二氏、林克彦氏、第3回:石橋義正氏~

全て表示

カテゴリ一覧

種類別カテゴリ

ジャンル別カテゴリ

年別記事一覧

ページ上部へ戻る