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「マンガと戦争展2」はユニークな展示を通して戦争を自分事と捉える機会【京都国際マンガミュージアム】

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「マンガと戦争展2」入り口にて

京都国際マンガミュージアムで開催中の「マンガと戦争展2」(11月25日まで)。本展は戦後80年の節目となる今年、沖縄と京都の巡回展として様々な「戦争マンガ」を紹介する企画で、10年前に開催された「マンガと戦争展」の続編になります。

「マンガと戦争展2」の展示は、“4象限マトリクス”というユニークな展示方法で見る戦争マンガと、「今読むべき/鑑賞すべき戦争マンガ」と題した、沖縄出身の2人の作家による原画展で構成されています。この記事では本展を企画した伊藤遊さん(京都精華大学国際マンガ研究センター特任教授)からお聞きした話を折り込みながら、実際の展示の様子や、来館するならぜひチェックしてほしいポイントを紹介します。

 

四方を作品に囲まれながら戦争マンガの多彩さを実感

例:食をテーマにした4象限マトリクス

 

4つのマンガ作品で考える戦争

“4象限マトリクス”とは対照的なふたつのキーワードの軸を設定し、もうひとつの軸と交差させ、その間に該当する作品を配置する展示方法です。伊藤さんにこの展示方法のねらいについてたずねました。


「学校教育が顕著な例なのですが、おそらく世の中の人がイメージする戦争マンガというのは“戦争はいけない”という思いが前面に出ているものだと思うんです。もちろんその考えは間違ってはいないのですが、戦争マンガは普通のマンガと同じで多種多様なものがあります。戦争もどこを切り取って考えるかによって、見る人の解釈が変わってくると思うんです。同一のテーマであっても色々な見方ができることを知ってほしくて、前回の企画展からこの展示方法を採用しています。今回の企画展の目的のひとつに、“正しい戦争マンガ”という考え方から解放したいというねらいがあります」


4象限マトリクスで見る戦争マンガの展示は、壁にマトリクスが貼られる形で、前回の「戦争とマンガ展」でも紹介されたマンガが、「原爆」「特攻」「満州」「沖縄」「戦中派の声」「マンガの役割」という6つのテーマごとに展示されていました。各テーマに沿って4冊ずつマンガの単行本が設置され、手に取って実際に読むこともできました。

 

ギャラリーの中央には今回新たに加えられた4つのテーマ「食」「“外国”の戦争」「マンガの表現」「新・沖縄」が展示されていました。テーマ毎に床にマトリクスが設置され、四方に4つのマンガ作品の1シーンが垂れ幕のように吊るされていました。外から見るとタテに長い直方体を思わせる形で、外側には各作品の説明文が記載されていました。実際に垂れ幕の中に入り、マトリクスの上に立ってみると、四方をマンガに囲まれる形で鑑賞できるので、個々の作品によって作風や表現方法が大きく違うこと、テーマ毎に歴史や流行があることがわかりました。

 

外国と日本の戦争マンガの違い

「“外国”の戦争」をテーマにした4象限マトリクス

「外国」の戦争のコーナーでは展示作品の内、小梅けいと『戦争は女の顔をしていない』以外は全て海外の作品です。(『戦争は女の顔をしていない』も原作はベラルーシの作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの作品)


その中で特に目を引いたのがパレスチナ問題を描いたジョー・サッコ『パレスチナ』です。1ページに入っている吹き出しの数がかなり多いせいか登場人物の扱いが小さく、表情から感情を読み取りづらいと感じました。一方でウクライナ戦争の日常を描いた4コママンガAkariSayaka『ウクライナのあかりちゃん』は、いつも目にする日本のマンガスタイルを踏襲したもので、読みやすく感じました。そこで伊藤さんに日本のマンガの特徴や外国との違いについて聞いてみました。


「日本のマンガは前提として、読者にページを早くめくらせるように設計されています。キャラの表情は記号的でわかりやすく、登場人物の感情をダイナミックに描きます。一方で外国のマンガはジャンルにもよるのですが、『パレスチナ』のように1ページの情報量が日本のマンガより多く、じっくりと読ませることを目的にしているという特徴があります」


確かに日本のマンガ・アニメファンであるAkariSayakaさんの作品はキャラクターの心情が表情だけですぐにわかり、吹き出しの数も少ない上に4コマという形も相まって、サクサクと読めそうに思いました。一方で、『パレスチナ』は1ページの情報量が前者に比べて格段に多く、ページをめくる手が自然と遅くなることに気づきました。外国の戦争マンガと比べることで日本のマンガの特徴を認識することができ、日本のマンガがどうして世界的に人気になったのか、その一端を垣間見たように思いました。

 

「新・沖縄」は本展の裏テーマ

「新・沖縄」をテーマにした4象限マトリクス

今回新たに追加されたテーマのひとつである「新・沖縄」の“新”の意図が気になったので、伊藤さんにたずねました。


「前回の企画展では戦中の沖縄を取り上げたのですが、ニュースなどを見ていてもわかるように、まだ沖縄の問題は終わったとは言えませんよね。戦中の影響による様々な問題が今も沖縄にはあると思うんです。これは沖縄に限った話ではなく、戦争が残した問題と向き合わざるをえない現地の人の視点を描く作品があることを知ってほしい、という思いがあります。そういった意味で“沖縄”それ自体が本展の裏テーマ的な位置づけなんです」


伊藤さんから紹介してもらった作品が台湾出身のマンガ家高妍(ガオ・イェン)『隙間』です。祖母の死をきっかけに台湾から沖縄に留学してきた女子大生の楊洋(ヤンヤン)と現地の人々との交流を描く本作について、伊藤さんから次のようなコメントをもらいました。


「この作品はマトリクスにもあるように、主人公の楊洋の人間関係を軸に展開されます。戦争の当事者ではない今を生きる人が、戦争が残した影響とどう向き合っているのかという現代性がポイントなんです」

 

戦争マンガの表現の可能性

マンガの表現の4象限マトリクス

「マンガの表現」のコーナーでは、太平洋戦争末期のペリリュー島における日米の死闘を描いた武田一義『ペリリュー −楽園のゲルニカ−』に注目してみました。伊藤さんにこの作品の特徴をたずねました。


「見てもらってわかるように、まずキャラクターデザインが可愛らしいですよね。一方で物語の中で起きていることは残酷です。ただこのキャラのデフォルメのおかげで、表現としての凄惨さが少し緩和されることで、読者が物語に没入する助けになっていると思うんです。マトリクスにもあるように登場人物のキャラ化が読者の共感を得る手段になっています。このキャラ化のおかげで“ペリリュー島での戦い”というリアルを読者に伝えることができていると思うんです」

 

沖縄出身の2人のマンガ家の原画展は戦争マンガの最前線

本展のもうひとつの柱である新里堅進(しんざとけんしん)さんと大白小蟹(おおしろこがに)さんの原画を鑑賞しました。伊藤さんに本展の柱のひとつに置いたきっかけと、どうしてこの2人なのかについてたずねました。


「もともと本展の企画とは別に、全国の自治体を巡って現地にマンガ原画のアーカイブを作るプロジェクトに携わっていたんです。そのプロジェクトで新里さんと知り合いになりました。新里さんは沖縄では知名度が高く、詳細な取材に基づいたリアルな沖縄戦を描く作品を発信し続けています。新里さんの原画をアーカイブする中で本展の企画が持ち上がり、沖縄と比べて新里さんの知名度がまだ低い京都という地で、原画を公開してみてはどうだろうという運びになったんです。本展をきっかけに、沖縄以外の人にも新里さんの作品に触れてほしいという思いがあります」


『ヤンバルの戦い 国頭支隊顛末記』の原画を見てみると、線の1本1本が非常に力強く沖縄戦の混沌さが持つずっしりとした質量を感じとることができました。伊藤さんに新里さんの作風の特徴をたずねてみました。


「一言で言うと、昔ながらの手法を採用している点です。新里さんはCGはおろかスクリーントーンもほぼ使わないんです。ペンの強弱や鉛筆の炭で戦争を描いています。現役のマンガ家さんでこのようなアナログ的な手法を採用している人はほとんどいないと思います。だからこそ沖縄戦の生々しさが伝わると思うんですね。今言った作風の特徴を感じるには原画が最も適していると思います」


一方の大白さんについて、伊藤さんは次のように語ってくれました。


「大白さんは新里さんと同じ沖縄出身ですが、世代も作風も大きく違います。本展に展示している大白さんの作品は寓話絵本という形のため、物語の序盤は戦争とは関係がないように思うのですが、終盤になるにつれて戦争を抽象化したものだとわかる構成になっています。物語に登場するアイテムも戦争の比喩として使用されており、鑑賞者が想像しながら戦争を考えることができると思います。一方で新里さんの作品は史実に基づいているのでリアルに近いですね。鑑賞者が沖縄戦について直接的に感じられるようになっていると思います。「戦争」という同一のテーマでもこれだけ違いが出るということを来館者には体感してほしいですね。原画なのでそこの違いがより伝わりやすくなっていると思います」


大白さんの『太郎と TARO』の原画はキャラクターデザインが親しみやすい反面、戦争の愚かさや切なさをじっくりと描く点が特徴的でした。また大白さんが本展に描き下ろしたイラスト『ずっといるのにずっといない』について、伊藤さんは「この作品はじっくりと見れば様々な解釈が生まれると考えています。ぜひ多くの人に見てほしいですね」と語ってくれました。

 

本展で紹介できなかった戦争マンガもチェック

京都国際マンガミュージアム1階にて

マンガミュージアム1階には本展で紹介しきれなかった戦争マンガがなんと214タイトル(341冊)展示されていました。


戦争マンガの歴史の長さに圧倒され、マンガミュージアムの蔵書量の豊富さに驚かされました。実際にいくつか手にとって作品を見てみると、昭和12年の満州を舞台に病気の母を救うためにアヘンの密造に手を染めた主人公の運命を描く、『満州アヘンスクワッド』といった最近の作品から、ドラえもんのひみつ道具をきっかけに起こる事件が戦争の比喩ともとれる『ドラえもん』まで幅広いラインナップでした。


10月18日(土)の14:00〜16:00に今回紹介した新里堅進さんのトークイベントが開催されます。戦争について知りたいけれど何から手をつけてよいかわからない人は、本展とあわせてぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

マンガと戦争展2

開催場所:京都国際マンガミュージアム(京都市中京区烏丸通御池上ル)※元龍池小学校
開催期間:2025年7月12日(土)〜11月25日(火)
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時刻:16:30)
入館料:大人1200円、中高生400円、小学生200円 ※本展の入場料は無料
休館日:毎週水曜日 10月30日(木)
※「マンガと戦争展2」は会場内の写真撮影ができないので、ご注意ください。

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山下コウキ兼業ライター

投稿者プロフィール

会社員をやりながら副業でライターをしています。
映画・マンガを愛好しています。
大学時代に京都に住んだ経験から京都のことが大好きになりました。

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