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2025年第2回コンテンツクロスメディアセミナー開催報告:映画字幕翻訳者 戸田奈津子氏が語る「映画と言葉とスターたち~字幕翻訳の舞台裏~」
- 2025/12/25
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2025年11月25日(火)、ハイアットリージェンシー京都にて「第2回コンテンツクロスメディアセミナー」が開催されました。今回は、映画字幕翻訳者として長年第一線で活躍されてきた戸田奈津子氏を講師にお迎えし、字幕翻訳の仕事や日本の字幕文化、ハリウッドスターのエピソードについてお話しいただきました。
講演は、戸田氏が映画に魅了された原点についての紹介から始まりました。戦後数年経って洋画が解禁された当時、戸田氏はまだ幼い子どもでした。しかし、子どもながらにまるで別世界のような洋画の世界にカルチャーショックを受け、それ以来ずっと映画に魅了され続けてきたそうです。
当時、洋画はすべて字幕で上映されていました。なぜ字幕だったのかという理由について、映画評論家の故・淀川長治様から聞いた話を元に次のように説明されました。
戦前にトーキー(発声映画)が登場した当時、最初はハリウッドで日本語の吹き替え版も制作されたそうです。ところが、当時ハリウッドには広島出身の日系人が多くいて、その方たちが声優として起用されたことから、台詞の多くが広島弁になってしまいました。その作品を日本で上映した結果、上映中に笑いが起きたそうです。そこで、吹き替えをやめて字幕にしたところ、字幕での上映が定着したそうです
字幕が日本に定着した主な理由は2つあるそうです。まず、日本人は識字率が高く、文字を読むことが苦でない人が多いこと。アメリカの場合は、母語が英語でなく字幕を読めない人が多いため、吹き替えのほうが好まれるそうです。
そしてもうひとつは、俳優本人の声を聞きたいというニーズが高いことです。吹き替えになると本人の声が聞こえなくなるため、本人の声が聞こえてなおかつ何を話しているかわかる字幕のほうがニーズがあったのだそうです。
では、字幕翻訳とは具体的にどのような仕事なのでしょうか。一般的な翻訳と字幕翻訳の大きな違いは、字数制限があることです。人が1秒間に読める文字数は、3~4文字とされています。そのため、台詞を逐語訳しても読むのが追いつきません。そこで、字幕翻訳には、台詞の中から本質となる情報だけを選び取り、短い日本語に置き換える作業が必要になります。戸田氏はこの作業を「言葉を短く、分かりやすく整理する仕事」と述べられ、場面の状況やキャラクターの関係性を踏まえ、観客が瞬時に理解できる表現を選ぶ重要性を強調されました。
その具体例として挙げられたのが、“We are not alone.”という台詞の訳です。この台詞は長さにして約1秒、つまり3~4文字で訳さなければいけません。会場の参加者がどう訳すべきかと考える中で、戸田氏が示された訳は「誰かいる」でした。「私たちだけではない」という逐語訳の意味を損なわず、大胆に訳す方法に会場からは感嘆の声が上がりました。
もうひとつ、会場から感嘆の声が上がったのが、”Less is more.”という台詞の訳です。ボーイフレンドの部屋にやってきた少女が、家具が何もない部屋を見て「何もないのね」と言う。その言葉を受けて、ボーイフレンドが”Less is more.”と応える場面ですが、この訳については自身でも非常に悩まれたそうです。悩んだ末にたどり着いた訳は「そこがいいんだ」。逐語訳にすると、「より少ないことはより良いのだ」となりますが、それを場面に合わせて自然な日本語にする字幕翻訳の深さが垣間見える例でした。
しかし、時には大胆な字幕翻訳を行う戸田氏であっても、訳すのが難しいと感じておられるジャンルがあるそうです。それは、コメディ映画。特に欧米のコメディは、エスニックジョークなど文化的な背景を知っていないと笑えないものが多くあります。そのため、台詞をそのまま訳しても面白さは伝わりにくく、日本人に合わせた内容に変えると、今度は俳優の口の動きや言葉の響きと合わなくなります。そのため、訳すのが非常に難しいそうです。
続いて、AI翻訳について言及されました。近年、翻訳の場でも生成AIの活用が進んできており、ご自身も翻訳アプリを使うことがあるそうです。しかし、コンピューターは事実を扱った文章の翻訳はできるものの、感情、感動、感性など「感」がつく領域は不得手であり、観客の心を揺さぶる映画字幕を創るのは難しいと感じていらっしゃるそうです。「作るにはmakeとcreateがある。後者はゼロから何かを創ることであり、人間の頭にしかできない。人間の頭の素晴らしさを忘れてはいけない」という言葉が印象的でした。
そのような戸田氏が最近危惧していらっしゃるのが、若い世代の方々がスマートフォンの世界に過度に没頭していることだそうです。スマートフォンの画面に集中するのではなく、それ以外の世界にも目を向けてほしい、そして、短文のメッセージや略語中心のコミュニケーションで言葉をおろそかにせず、字幕文化を育み支えてきた日本語を大切にしてほしい、と述べられました。
続いてお話しいただいたのは、ご自身のキャリアの振り返りです。長く第一線の字幕翻訳者として活躍されてきましたが、それでも、大学を卒業してしばらくは、いわば門前払いの時期が続き、なかなか字幕翻訳をするチャンスが訪れなかったそうです。
最初のチャンスが訪れたのは、30代のときでした。ただし、このときのチャンスは字幕翻訳ではなく、来日する海外スターの通訳という仕事でした。戸田氏は字幕翻訳者を目指していたため、英会話や通訳の経験はほとんどなかったそうです。しかし、どこかで字幕翻訳につながるかもしれないと考えて現場を乗り越え、経験を積んでいかれました。その後、初めて字幕翻訳を行ったのは41歳のとき。大学を卒業して20年近くたってようやく夢を実現されたキャリアに、会場は興味深げに耳を傾けていました。
そのあとは、通訳時代から親交のあるハリウッドスターの素顔についてのお話です。ハリソン・フォード、リチャード・ギア、ロバート・デ・ニーロ、トム・クルーズの4人のハリウッドスターについて、写真を交えながら来日時のエピソードが披露されました。個性あるそれぞれのエピソードに、会場は大いに盛り上がりました。
講演の最後には、質疑応答も行われました。参加者からは時間ぎりぎりまで多くの質問が寄せられ、一つひとつに丁寧なお答えをいただきました。字幕翻訳という専門的な仕事の背景や内容はもちろん、戸田氏のキャリアやハリウッドスターの素顔まで垣間見える内容に、終了後は参加者から「参加できて良かった」という声も聞こえていました。参加いただいた皆様、ありがとうございました。


